【恩讐の彼方に】 【菊池寛】 ◇。◇。◇。◇。◇。 【第一章】 ──── ◇。◇。◇。◇。◇。  イチクロウは、主人の切り込んで来る太刀を受け損じて、左のホオから顎へかけて、微傷ではあるが、一太刀受けた。自分の罪を──たとえ向こうから挑まれたとはいえ、主人の寵妾と非道な恋をしたという、自分の致命的な罪を、意識しているイチクロウは、主人の振り上げた太刀を、必至な刑罰として、たとえその切先を-さくるにつとむるまでも、それに反抗する心持は、少しも持ってはいなかった。彼は、ただこうした自分の迷いから、命を捨てることが、いかにも惜しまれたので、できるだけは逃れてみたいと思っていた。それで、主人から不義をいい立てられて切りつけられた時、あり合せた燭台を、早速の獲物として主人の鋭い太刀先を避けていた。が、五十に近いとはいえ、まだ筋骨のたくましい主人が畳みかけて切り込む太刀を、攻撃に出られない悲しさには、いつとなく受け損じて、最初の一太刀を、左のホオに受けたのである。が、一旦血を見ると、イチクロウの心は、たちまちに変っていた。彼のフンベツのあった心は、闘牛者の槍を受けた牡牛のように荒んでしまった。どうせ死ぬのだと思うと、そこに世間もなければ主従もなかった。今までは、主人だと思っていた相手の男が、ただ自分の生命を、脅そうとしている一個の動物──それも凶悪な動物としか、見えなかった。彼は奮然として、攻撃に転じた。彼は「おうお」と-おめきながら、持っていた燭台を、相手の面上を目がけて投げ打った。イチクロウが、防御のための防御をしているのを見て、気を許してかかっていた主人の三郎兵衛は、不意に投げつけられた燭台を受けかねて、その蝋受けの一角がしたたかに彼の右眼を打った。イチクロウは、相手のたじろぐスキに、脇差を抜くより早く飛びかかった。 「おのれ、手向いするか!」と、三郎兵衛は激怒した。イチクロウは無言で付け入った。主人の三尺に近い太刀と、イチクロウの短い脇差とが、ニサンど激しく打ちおうた。  主従が必死になって、ジュウスウゴウ太刀を合わす間に、主人の太刀先が、ニサンど低い天井をかすって、しばしば太刀を操る自由を失おうとした。イチクロウはそこへ付け入った。主人は、その不利に気がつくと、自由な戸外へ出ようとして、ニサンぽ後退りして縁の-そとへ出た。そのスキにイチクロウが、なおも付け入ろうとするのを、主人は「えい」と、苛立って切り下した。が、苛立ったあまりその太刀は、縁側と、座敷との間に垂れ下がっている鴨居に、不覚にもニサンずん切り込まれた。 「しまった」と、三郎兵衛が太刀を引こうとするスキに、イチクロウは踏み込んで、主人の脇腹を思うさま横に薙いだのであった。  相手が倒れてしまった瞬間に、イチクロウは我にかえった。今まで興奮して朦朧としていた意識が、ようやく落着くと、彼は、自分が主殺しの大罪を犯したことに気がついて、後悔と恐怖とのために、そこにへたばってしまった。  夜は初更を過ぎていた。母屋と、仲間部屋とは、遠く隔たっているので、主従の恐ろしい格闘は、母屋に住んでいる女中以外、まだだれにも知られなかったらしい。その女中たちは、この激しい格闘に気を失い、ヒトマのうちに集まって、ただ身を震わせているだけであった。  イチクロウは、深い悔恨にとらわれていた。一個の蕩児であり、無頼の若武士ではあったけれども、まだ悪事と名の付くことは、何もしていなかった。まして八虐の第一なる主殺しの大罪を犯そうとは、彼の思いも付かぬことだった。彼は、血の付いた脇差を取り直した。主人の妾と慇懃を通じて、そのために成敗を受けようとした時、かえってその主人を殺すということは、どう考えても、彼にいいところはなかった。彼は、まだびくびくと動いている主人の死体を尻眼にかけながら、静かに自殺の覚悟を固めていた。するとその時、次の間から、今までの大きい圧迫から逃れ出たような声がした。 「ほんとにまあ、どうなることかと思って心配したわ。お前がまっ二つにやられたあとは、私の番じゃあるまいかと、さっきから、屏風の後ろで息を凝らして見ていたのさ。が、ほんとうにいい塩梅だったね。こうなっちゃ、イットキも猶予はしていられないから、有り金をさらって逃げるとしよう。まだ仲間たちは気がついていないようだから、逃げるなら今のうちさ。乳母や女中などは、台所のほうでがたがた震えているらしいから、私が行って、じたばた騒がないようにいってこようよ。さあ! お前は有り金を探して下さいよ」というその声は、確かに震えを帯びていた。が、そうした震えを、女性としての強い意地で抑制して、努めて平気を装っているらしかった。  イチクロウは──自分特有の動機を、すっかり失くしていたイチクロウは、女の声をきくと、蘇ったように活気づいた。彼は、自分の意志で働くというよりも、女の意志によって働くカイライのように立ち上がると、座敷に置いてある桐の茶箪笥に手をかけた。そして、その真白い木目に、血に汚れた手形を付けながら、引出しをあちらこちらと探し始めた。が、女──主人の妾のおゆみが帰ってくるまでに、イチクロウは、二朱銀の五両包みをただ一つ見つけたばかりであった。おゆみは、台所から引っ返してきて、その-かねを見ると、 「そんな端金が、どうなるものかね」と、いいながら、今度は自分で、やけに引出しを引掻き回した。しまいには鎧櫃の中まで探したが、小判は一枚も出てきはしなかった。 「名うての始末屋だから、カメにでも入れて、土の中へでも埋めてあるのかも知れない。」そう忌々しそうにいい切ると、金目のありそうな衣類や、印籠を、手早く風呂敷包みにした。  こうして、この姦夫姦婦が、浅草田原町の旗本、中川三郎兵衛の家を出たのは、アンエイ三年の秋の初めであった。あとには、当年3歳になる三郎兵衛の一子’実之助が、父の非業の死も知らず、乳母の懐ろにすやすや眠っているばかりであった。 ◇。◇。◇。◇。◇。 【第二章】 ──── ◇。◇。◇。◇。◇。  イチクロウとおゆみは、江戸を逐電してから、東海道はわざと避けて、人目を忍びながら、東山道をカミガタへと志した。イチクロウは、主殺しの罪から、絶えず良心のカシャクを受けていた。が、ケンペキ茶屋の女中上がりの、莫連モノのおゆみは、イチクロウが少しでも沈んだ様子を見せると、 「どうせ凶状持ちになったからには、いくらくよくよしてもしようがないじゃないか。度胸を据えて世の中を面白く暮すのが上分別さ」と、イチクロウの心に、明け暮れ悪の拍車を加えた。が、信州から木曾の藪原の宿まで来た時には、二人の路用の-かねは、百も残っていなかった。二人は、窮するにつれて、悪事を働かねばならなかった。最初はこうした男女の組合せとしては、最もなしやすい美人局を稼業とした。そうして信州から尾州へかけての宿々で、往来の町人百姓の路用の-かねを奪っていた。初めのほどは、女からの激しい教唆で、つい悪事を犯し始めていたイチクロウも、ついには悪事の面白さを味わい始めた。浪人姿をしたイチクロウに対して、被害者の町人や百姓は、-かねを取られながら、すこぶる柔順であった。  悪事がだんだん進歩していったイチクロウは、美人局からもっと単純な、手数のいらぬ-ゆすりをやり、最後には、切り取り強盗を正当な稼業とさえ心得るようになった。  彼は、いつとなしに信濃から木曾へかかる鳥居峠に土着した。そして昼は茶店を開き、夜は強盗を働いた。  彼はもうそうした生活に、なんの躊躇をも、不安をも感じないようになっていた。-かねのありそうな旅人を狙って、殺すと巧みにその死体を片づけた。一年にサンヨンど、そうした罪を犯すと、彼は優に一年の生活を支えることができた。  それは、彼らが江戸を出てから、三年目になる春の頃であった。参勤交代の北国大名の行列が、二つばかり続いて通ったため、木曾街道の宿々は、近頃になく賑わった。ことにこのごろは、信州を始め、越後やエッチュウからの伊勢参宮の客が街道に続いた。その中には、京から大坂へと、遊山の旅を延すのが多かった。イチクロウは、彼らのニサンにんをたおして、その年の生活費を得たいと思っていた。木曾街道にも、杉や檜に交って咲いた山桜が散り始める夕暮のことであった。イチクロウの店に男女二人の旅人が立ち寄った。それは明らかに夫婦であった。男は三十を越していた。女は二十サンシであっただろう。トモを連れない気楽な旅に出た信州の豪農の若夫婦らしかった。  イチクロウは、二人の身形を見ると、彼はこの二人を今年の犠牲者にしようかと、思っていた。 「もう藪原の宿まで、いくらもあるまいな」  こういいながら、男のほうは、イチクロウの店の前で、草鞋の紐を結び直そうとした。イチクロウが、返事をしようとする前に、おゆみが、台所から出てきながら、 「さようでございます、もうこの峠を降りますれば半’道もございません。まあ、ゆっくり休んでからになさいませ」と、いった。イチクロウは、おゆみのこの言葉を聞くと、おゆみがすでに恐ろしい計画を、自分に勧めようとしているのを覚えた。藪原の宿までにはまだ二里に余る道を、もう何ほどもないようにいいくるめて、旅人に気をゆるさせ、彼らの行程が夜に入るのに乗じて、間道を走って、宿の入口で襲うのが、イチクロウの常套の手段であった。その男は、おゆみの言葉をきくと、 「それならば、茶なと一杯所望しようか」といいながら、もう彼らの第一の罠に陥ってしまった。女は赤い紐のついた旅の菅笠を取りはずしながら、夫のそばに寄り添うて、腰をかけた。  彼らは、ここで小半刻も、峠を登り切った疲れを休めると、鳥目を置いて、紫に暮れかかっている小木曾の谷に向って、鳥居峠を降りていった。  二人の姿が見えなくなると、おゆみは、それとばかり合図をした。イチクロウは、獲物を追う猟師のように、脇差を腰にすると、一散に二人の後を追うた。本街道を右に折れて、木曾川の流れに沿うて、険しい間道を急いだ。  イチクロウが、藪原の宿手前の並木道に来た時は、春の長い日がまったく暮れて、十日ばかりの月が木曾の山の彼方に登ろうとして、ホノジロい月白のみが、木曾の山々を微かに浮ばせていた。  イチクロウは、街道に沿うて生えている、ヒトムラの丸葉柳の-したに身を隠しながら、夫婦の近づくのを、徐に待っていた。彼も心の底では、幸福な旅をしている二人の男女の生命を、不当に奪うということが、どんなに罪深いかということを、考えずにはいなかった。が、一旦なしかかった仕事を中止して帰ることは、おゆみの手前、彼’の心にまかせぬことであった。  彼は、この夫婦の血を流したくはなかった。なるべく相手が、自分の脅迫に二言もなく服従してくれればいいと、思っていた。もし彼らが路用の-かねと衣装とを出すなら、決して殺生はしまいと思っていた。  彼の決心がようやく固まった頃に、街道の彼方から、急ぎ足に近づいてくる男女の姿が見えた。  二人は、峠からの道が、覚悟のほかに-とおかったため、疲れ切ったと見え、お互いに助け合いながら、無言のままに急いで来た。  二人が、丸葉柳の茂みに近づくと、イチクロウは、不意に街道の真ん中に突っ立った。そして、今までに幾度も口にし馴れている脅迫の言葉を浴せかけた。すると、男は必死になったらしく、道中ザシを抜くと、妻を後にかばいながら身構えした。イチクロウは、ちょっと出鼻を折られた。が、彼は声を励まして、「いやさ、旅の人、手向いしてあたら命を落すまいぞ。命までは取ろうといわぬのじゃ。有り金と衣類とをおとなしく出して行け!」と、叫んだ。その顔を、相手の男は、じいっと見ていたが、 「やあ! 先程の峠の茶屋の主人ではないか」と、その男は、必死になって飛びかかってきた。イチクロウは、もうこれまでと思った。自分の顔を見覚えられた以上、自分たちの安全のため、もうこの男女を生かすことはできないと思った。  相手が必死に切り込むのを、巧みに引きはずしながら、一刀を相手の首筋に浴びせた。見ると連れの女は、気を失ったように-みちの傍らに蹲りながら、ぶるぶると震えていた。  イチクロウは、女を殺すに忍びなかった。が、彼は自分の危急には代えられぬと思った。男のほうを殺して殺気ダっている間にと思って、血刀を振りかざしながら、彼は女に近づいた。女は、両手を合わして、イチクロウに命を乞うた。イチクロウは、その瞳に見つめられると、どうしても刀を下ろせなかった。が、彼は殺さねばならぬと思った。この時イチクロウの欲心は、この女を切って女の衣装を台なしにしてはつまらないと思った。そう思うと、彼は腰に下げていた手拭をはずして女の首を括った。  イチクロウは、二人を殺してしまうと、急に人を殺した恐怖を感じて、一刻もいたたまらないように思った。彼は、二人の胴巻と衣類とを奪うと、あたふたとしてその場から一散に逃れた。彼は、今まで十人に余る人殺しをしたものの、それは半白の老人とか、商人とか、そうした階級の者ばかりで、若々しい夫婦づれを二人まで自分の手にかけたことはなかった。  彼は、深い良心のカシャクにとらわれながら、帰ってきた。そして家に入ると、すぐさま、男女の衣装と-かねとを、汚らわしいもののように、おゆみのほうへ投げやった。女は、悠然としてまず-かねのほうを調べてみた。-かねは思ったより少なく、二十両をわずかに越しているばかりであった。  おゆみは殺された女の着物を手に取ると、「まあ、黄八丈の着物に紋縮緬の襦袢だね。だが、お前さん、この女の頭のものは、どうおしだい」と、彼女は詰問するように、イチクロウを顧みた。 「頭のもの!」と、イチクロウは半ば返事をした。 「そうだよ。頭のものだよ。黄八丈に紋縮緬の着付じゃ、頭のものだって、紛い物の櫛や笄じゃあるまいじゃないか。わたしは、さっきあの女が菅笠を取った時に、ちらと睨んでおいたのさ。瑇瑁の揃いに相違なかったよ」と、おゆみはのしかかるようにいった。殺した女の頭のもののことなどは、夢にも思っていなかったイチクロウは、なんとも答えるすべがなかった。 「お前さん! まさか、取るのを忘れたのじゃあるまいね。瑇瑁だとすれば、七両や八両は確かだよ。駆け出しの泥棒じゃあるまいし、なんのために殺生をするのだよ。あれだけの衣装を着た女を、殺しておきながら、頭のものに気がつかないとは、お前は、いつから泥棒稼業におなりなのだえ。なんというどじをやる泥棒だろう。なんとか、いってごらん!」と、おゆみは、威たけ高になって、イチクロウに食ってかかってきた。  二人の若い男女を殺してしまった悔いに、心の底まで冒されかけていたイチクロウは、女の言葉から深く傷つけられた。彼は頭のものを取ることを、忘れたという盗賊としての失策を、或いは無能を、クゆる心は少しもなかった。自分は、二人を殺したことを、悪いことと思えばこそ、殺すことに気も転動して、女がその頭に十両にも近い装飾を付けていることをまったく忘れていた。イチクロウは、今でも忘れていたことを後悔する心は起らなかった。強盗に身を落して、利欲のために人を殺しているものの、悪鬼のように相手の骨まではしゃぶらなかったことを考えると、イチクロウは悪い気持はしなかった。それにもかかわらず、おゆみは自分の同性が無残にも殺されて、その身に付けた下着までが、殺戮者に対する貢物として、自分の目の前に晒されているのを見ながら、なおその飽き足らない欲心は、さすが悪人のイチクロウの目をこぼれた頭のものにまで及んでいる、そう考えると、イチクロウはおゆみに対して、いたたまらないような浅ましさを感じた。  おゆみは、イチクロウの心に、こうした激変が起こっているのをまったく知らないで、 「さあ! お前さん! ひとっ走り行っておくれ。せっかく、こっちの手に入っているものを遠慮するには、当らないじゃないか」と、自分の言い分に充分な条理があることを信ずるように、勝ち誇った表情をした。  が、イチクロウは黙々として応じなかった。 「おや! お前さんの仕事のあらを拾ったので、お気に触ったと見えるね。本当に、お前さんは行く気はないのかい。十両に近いもうけものを、みすみすふいにしてしまうつもりかい」と、おゆみは幾度もイチクロウに迫った。  いつもは、おゆみのいうことを、唯々としてきくイチクロウではあったが、いま彼の心は激しい動乱の中にあって、おゆみの言葉などは耳に入らないほど、考え込んでいたのである。 「いくらいっても、行かないのだね。それじゃ、私がひとっ走り行ってこようよ。場所はどこなの。やっぱりいつものところなのかい」と、おゆみがいった。  おゆみに対して、抑えがたい嫌悪を感じ始めていたイチクロウは、おゆみが一刻でも自分のそばにいなくなることを、むしろ欣んだ。 「知れたことよ。いつもの通り、藪原の宿の手前の松並木さ」と、イチクロウは吐き出すようにいった。「じゃ、ひとっ走り行ってくるから。幸い月の夜でそとは明るいし‥‥。ほんとうに、へまな仕事をするったら、ありゃしない」と、いいながら、おゆみは裾をはしょって、草履をつっかけると駆け出した。  イチクロウは、おゆみの後姿を見ていると、浅ましさで、心がいっぱいになってきた。-しにんの髪のものを剥ぐために、血眼になって駆け出していく女の姿を見ると、イチクロウはその女に、かつて愛情を持っていただけに、心の底から浅ましく思わずにはいられなかった。その上、自分が悪事をしている時、たとい無残にも人を殺している時でも、-かねを盗んでいる時でも、自分がしているということが、常に不思議な言い訳になって、その浅ましさを感ずることが少なかったが、一旦’人が悪事をなしているのを、静かに傍観するとなると、その恐ろしさ、浅ましさが、あくまで明らかに、イチクロウの目に映らずにはいなかった。自分が、命を賭してまで得た女が、わずか五両か十両の瑇瑁のために、女性の優しさのすべてを捨てて、死骸に付く狼のように、殺された女の死骸を-しとうて駆けて行くのを見ると、イチクロウは、もうこの罪悪の棲家に、この女と一緒に一刻もいたたまれなくなった。そう考え出すと、自分の今までに犯した悪事がいちいち蘇って自分の心を食い割いた。絞め殺した女の瞳や、血みどろになった繭商人の呻き声や、一太刀浴せかけた白髪の老人の悲鳴などが、一団になってイチクロウの良心を襲うてきた。彼は、一刻も早く自分の過去から逃れたかった。彼は、自分自身からさえも、逃れたかった。まして自分のすべての罪悪の萌芽であった女から、極力逃れたかった。彼は、決然として立ち上がった。彼は、ニサン枚の衣類を風呂敷に包んだ。さっきの男から盗った胴巻を、当座の路用として懐ろに入れたままで、シタクも整えずに、戸外に飛び出した。が、十間ばかり走り出した時、ふと自分の持っている-かねも、衣類も、ことごとく盗んだものであるのに気がつくと、跳ね返されたように立ち戻って、自分の家の上がりガマチへ、衣類と-かねとを、力一杯投げつけた。  彼は、おゆみに会わないように、道でない道を木曾川に添うて一散に走った。どこへ行くという当てもなかった。ただ自分の罪悪の根拠地から、一寸でも、イチブでも遠いところへ逃れたかった。 ◇。◇。◇。◇。◇。 【第三章】 ──── ◇。◇。◇。◇。◇。  二十里に余る道を、イチクロウは、サンヤの別なく/ただ一息に馳せて、明くる日の昼下り、美濃国の大垣在の浄願寺に駆け込んだ。彼は、最初からこの寺を志してきたのではない。彼の遁走の中途、偶然この寺の前に出た時、彼の惑乱した懺悔の心は、ふと宗教的な光明に縋ってみたいという気になったのである。  浄願寺は、美濃一円真言宗の僧録であった。イチクロウは、ゲンオウミョウヘンダイトクノウの袖に縋って、懺悔の真をいたした。上人はさすがに、この極重悪人をも捨てなかった。イチクロウが有司のもとに自首しようかというのを-とめて、 「重ね重ねの悪業を重ねた汝じゃから、有司の手によって身を梟木に晒され、現在の報いを自ら受くるのも一法じゃが、それでは未来永劫、焦熱地獄の苦患を受けておらねばならぬぞよ。それよりも、仏道に帰依し、衆生サイドのために、身命を捨てて人々を救うと共に、汝自身を救うのが肝心じゃ」と、教化した。  イチクロウは、上人の言葉をきいて、またさらに懺悔の火に心を爛らせて、当座に出家の志を定めた。彼は、上人の手によって得度して、リョウカイと法名を呼ばれ、ひたすら仏道修行に肝胆を砕いたが、道心勇猛のために、わずか半年に足らぬ修行に、行業は氷霜よりも清く、朝には三密の行法を凝らし、夕には秘密念仏の安座を離れず、二ギョウヒンピンとして豁然智度の心萌し、アッパれの知識となりすました。彼は自分の道心が定まって、もう動かないのを自覚すると、師の坊の許しを得て、ショジン救済のタイガンを起し、諸国雲水の旅に出たのであった。  美濃の国を後にして、まず京洛の地を志した。彼は、幾人もの人を殺しながら、たとい僧形の姿なりとも、自分が生き永らえているのが心苦しかった。ショジンのため、身を粉々に砕いて、自分の罪障の万分の一をも償いたいと思っていた。ことに自分が、木曾サンチュウにあって、コウジンをなやませたことを思うと、道中の人々に対して、償い切れぬ負担を持っているように思われた。  行住座臥にも、人のためを思わぬことはなかった。道路に難渋の人を見ると、彼は、手を引き、腰を押して、その道中を助けた。病に苦しむ老幼を負うて、スウリに余る道を遠しとしなかったこともあった。本街道を離れた村道の橋でも、破壊されている時は、彼は自ら山に入って、木を切り、石を運んで修繕した。道の崩れたのを見れば、土砂を運び来たって繕うた。かくして、畿内から、中国を通して、ひたすら善根を積むことに腐心したが、身にカサナレる罪は、空よりも高く、積む善根は土地よりも低きを思うと、彼は今更に、半生の悪業の深きを悲しんだ。イチクロウは、些細な善根によって、自分の極悪が償いきれぬことを知って、心を-くろうした。逆旅の寝覚めにはかかる頼母しからぬ報償をしながら、なお生を貪っていることが、はなはだ腑甲斐ないように思われて、自ら殺したいと思ったことさえあった。が、そのたびごとに、不退転の勇を翻し、ショジン救済の大業をなすべき機縁のいたらんことを祈念した。  享保九年の秋であった。彼は、赤間ガ関から小倉に渡り、豊前の国、宇佐八幡宮を拝し、山国川をさかのぼってキシャクツセン羅漢寺に詣でんものと、四日市から南に赤土の茫々たる野原を過ぎ、道を山国川の渓谷に添うて、辿った。  筑紫の秋は、駅路の泊まりごとに更けて、雑木の森にはハジ赤く爛れ、野には稲黄色く稔り、農家の軒には、この辺の名物の柿が真紅の珠を連ねていた。  それは八月に入ってマもないある日であった。彼は秋の朝の光の輝く、山国川の清冽な流れを右に見ながら、三口から仏坂の山道を越えて、昼近き頃/ヒダの駅に着いた。淋しい駅で昼食のトキにありついたあと、再びヤマクニダニに添うて南を指した。ヒダ駅から出はずれると、道はまた山国川に添うて、火山岩の河岸を-つとうて走っていた。  歩みがたいイシダカミチを、イチクロウは、杖を頼りに辿っていた時、ふと道のそばに、この辺の農夫であろう、シゴにんの人々が罵り騒いでいるのを見た。  イチクロウが近づくと、その中の一人は、早くもイチクロウの姿を見つけて、 「これは、よいところへ来られた。非業の死を遂げた、哀れな亡者じゃ。通りかかられた縁に、一遍の回向をして下され」と、いった。  非業の死だときいた時、剽賊のためにあやめられた旅人の死骸ではあるまいかと思うて、イチクロウは過去の悪業を思い起して、刹那に湧く悔恨の心に、両足の竦むのをおぼえた。 「見れば水死人のようじゃが、ところどころ皮肉の破れているのは、いかがした子細じゃ」と、イチクロウは、恐る恐るきいた。 「ご出家は、旅の人と見えてご存じあるまいが、この川を半町も上れば、鎖渡しという難所がある。ヤマクニダニ第一の切所で、南北往来の人馬が、ことごとく難儀するところじゃが、この男はこの川上/カキサカゴウに住んでいる馬子じゃが、今朝鎖渡しの中途で、馬が狂うたため、五丈に近いところを真っ逆様に落ちて、見られるとおりの無残な最期じゃ」と、その中の一人がいった。 「鎖渡しと申せば、かねがね難所とは聞いていたが、かようなあわれを見ることは、たびたびござるのか」と、イチクロウは、死骸を見守りながら、打ちしめってきいた。 「一年にサンヨにん、多ければ十人も、思わぬ憂き目を見ることがある。無双の難所ゆえに、風雨にカケハシが朽ちても、修繕も思うにまかせぬのじゃ」と、答えながら、百姓たちは死骸の始末にかかっていた。  イチクロウは、この不幸な遭難者に一遍の経を読むと、足を早めてその鎖渡しへと急いだ。  そこまでは、もう一町もなかった。見ると、川の左に聳える荒削りされたような山が、山国川に臨むところで、十丈に近い絶壁に切り立たれて、そこに灰白色のぎざぎざした襞の多い肌を露出しているのであった。山国川の水は、その絶壁に吸い寄せられたように、ここに慕い寄って、絶壁の裾を洗いながら、濃緑の色を湛えて、渦巻いている。  里人らが、鎖渡しといったのはこれだろうと、彼は思った。道は、その絶壁に絶たれ、その絶壁の中腹を、松、杉などの丸太を鎖で連ねた桟道が、危うげに伝っている。かよわい婦女子でなくとも、俯して五丈に余る水面を見、仰いで頭を圧する十丈に近い絶壁を見る時は、魂消え、心戦くも理りであった。  イチクロウは、岩壁に縋りながら、戦く足を踏み締めて、ようやく渡り終ってその絶壁を振り向いた刹那、彼’の心にはとっさにダイ誓願が、勃然として萌した。  積むべき贖罪のあまりに小さかった彼は、自分が精進勇猛の気を試すべき難業にあうことを祈っていた。いま目前にコウジンが艱難し、一年に十に近い人の命を奪う難所を見た時、彼は、自分の身命を捨ててこの難所を除こうという思いつきが旺然として起こったのも無理ではなかった。二百余けんに余る絶壁を掘貫いて道を通じようという、不敵な誓願が、彼’の心に浮かんできたのである。  イチクロウは、自分が求め歩いたものが、ようやくここで見つかったと思った。一年に十人を救えば、十年には百人、百年、千年と経つうちには、千万の人の命を救うことができると思ったのである。  こう決心すると、彼は、一途に実行に着手した。その日から、羅漢寺の宿坊に泊まりながら、山国川に添うた村々を勧化して、隧道開鑿の大業の寄進を求めた。  が、ナンビトもこの風来僧の言葉に、耳を傾ける者はなかった。 「三町をも超える大盤石をホリヌこうという風狂人じゃ、はははハ」と、嗤うものは、まだよかった。「大騙りじゃ。針のみぞから天を覗くようなことを言い前にして、-かねを集めようという、大騙りじゃ」と、中にはイチクロウのカンゼイに、迫害をクワウる者さえあった。  イチクロウは、十日の間、いたずらな勧進に努めたが、ナンビトもが耳を傾けぬのを知ると、奮然として、独力、この大業に当ることを決心した。彼は、石工の持つ槌と鑿とを手に入れて、この大絶壁の-いったんに立った。それは、一個のカリカチュアであった。削り落しやすい火山岩であるとはいえ、川をあっして聳え立つ蜿蜒たる大絶壁を、イチクロウは、己一人の力でホリヌこうとするのであった。 「とうとう気が狂った!」と、コウジンは、イチクロウの姿を指しながら嗤った。  が、イチクロウは屈しなかった。山国川の清流に沐浴して、観世音菩薩を祈りながら、渾身の力を籠めて第一の槌を下した。  それに応じて、ただニサンヒラの砕片が、飛び散ったばかりであった。が、再び力を籠めて第二の槌を下した。更にニサンヒラの小塊が、巨大なる無限大の大塊から、分離したばかりであった。第三、第四、第五と、イチクロウは懸命に槌を下した。空腹を感ずれば、近郷を托鉢し、腹満つ-れば絶壁に向って槌を下した。懈怠の心を生ずれば、只真言を唱えて、勇猛の心を振い起した。イチニチ、二日、三日、イチクロウの努力は間断なく続いた。旅人は、そのそばを通るたびに、嘲笑の声を送った。が、イチクロウの心は、そのために須臾も弛むことはなかった。嗤笑の声を聞けば、彼はさらに槌を持つ手に力を籠めた。  やがて、イチクロウは、アメツユを凌ぐために、絶壁に近く/木小屋を立てた。朝は、山国川の流れが星の光を写す頃から起き出て、夕はセナリの音がセイジャクの天地に澄みかえるころまでも、辞めなかった。が、行路の人々は、なお嗤笑の言葉を止めなかった。 「身のほどを知らぬたわけじゃ」と、イチクロウの努力を眼中におかなかった。  が、イチクロウは一心不乱に槌を振るった。槌を振るっていさえすれば、彼’の心には何の雑念も起らなかった。人を殺した悔恨も、そこには無かった。極楽に生まれようという、欣求もなかった。ただそこに、晴々した精進の心があるばかりであった。彼は出家して以来、夜ごとの寝覚めに、身を苦しめた自分の悪業の記憶が、日に薄らいでいくのを感じた。彼はますます勇猛の心を振い起して、ひたすら専念に槌を振るった。  新しい年が来た。春が来て、夏が来て、早くも一年が経った。イチクロウの努力は、空しくはなかった。大絶壁の-いったんに、深さ一丈に近い洞窟が穿たれていた。それは、ほんの小さい洞窟ではあったが、イチクロウの強い意志は、最初のソウ痕を明らかにとどめていた。  が、近郷の人々はまたイチクロウを嗤った。 「あれ見られい! 狂人坊主が、あれだけ掘りおった。一年の間、もがいて、たったあれだけじゃ‥‥」と、嗤った。が、イチクロウは自分の掘り穿った穴を見ると、涙の出るほど嬉しかった。それはいかに浅くとも、自分が精進の力の如実に現れているものに、相違なかった。イチクロウは年を重ねて、また更に振い立った。夜は如法の闇に、昼もなお薄暗い洞窟のうちに端座して、ただ右の腕のみを、狂気のごとくに振っていた。イチクロウにとって、右の腕を振ることのみが、彼の宗教的生活のすべてになってしまった。  洞窟の-そとには、日が輝き/月が照り、雨が降り嵐が荒んだ。が、洞窟の中には、間断なき槌の’音のみがあった。  二年の終わりにも、里人はなお嗤笑を止めなかった。が、それはもう、声にまでは出てこなかった。ただ、イチクロウの姿を見たあと、顔を見合せて、互いに嗤い合うだけであった。が、更に一年経った。イチクロウの槌の’音は山国川の水声と同じく、不断に響いていた。村の人たちは、もうなんともいわなかった。彼らが嗤笑の表情は、いつの間にか驚異のそれに変っていた。イチクロウは櫛らざれば、頭髪はいつの間にか伸びて双肩を覆い、湯浴みせざれば、垢づきて人間とも見えなかった。が、彼は自分が掘り穿った洞窟のうちに、獣のごとく蠢きながら、狂気のごとくその槌を振るいつづけていたのである。  里人の驚異は、いつの間にか同情に変っていた。イチクロウがしばしの暇を窃んで、托鉢の行脚に出かけようとすると、洞窟の出口に、思いがけなく一椀のトキを見出すことが多くなった。イチクロウはそのために、托鉢に費やすべき時間を、更に絶壁に向うことができた。  四年目の終りが来た。イチクロウの掘り穿った洞窟は、もはや五丈の深さに達していた。が、その三町をこゆる絶壁に-くらぶれば、そこになお、亡羊の嘆があった。里人はイチクロウの熱心に驚いたものの、いまだ、かくばかり見えすいた徒労に合力するものは、一人もなかった。イチクロウは、ただ独りその努力を続けねばならなかった。が、もう掘り穿つ仕事において、三昧に入ったイチクロウは、ただ槌を振うほかはなんの存念もなかった。ただ土竜のように、命のある限り、掘り穿っていくほかには、何の他念もなかった。彼はただ一人/キツキツとして掘り進んだ。洞窟の-そとには春去って秋きたり、シジの風物が移り変ったが、洞窟の中には不断の槌の’音のみが響いた。 「可哀そうな坊さまじゃ。ものに狂ったとみえ、あの大盤石を穿っていくわ。十の一も穿ち得ないで、おのれが命を終ろうものを」と、行路の人々は、イチクロウの空しい努力を、悲しみ始めた。が、一年経ち二年経ち、ちょうど九年目の終りに、穴の入口より奥まで二十二間を計るまでに、掘り穿った。  ヒダノゴウの里人は、初めてイチクロウの事業の可能性に気がついた。一人の痩せた乞食僧が、九年の力でこれまで掘り穿ち得るものならば、人を増し歳月を重ねたならば、この大絶壁を穿ち貫くことも、必ずしも不思議なことではないという考えが、里人らの胸の中に銘ぜられてきた。九年前、イチクロウの勧進をこぞって斥けた山国川に添う七郷の里人は、今度は自発的に開鑿の寄進に付いた。数人の石工がイチクロウの事業を援けるために雇われた。もう、イチクロウは孤独ではなかった。岩壁に下す多数の槌の’音は、勇ましく賑やかに、洞窟の中から、もれ始めた。  が、翌年になって、里人たちが、工事の進み方を測った時、それがまだ絶壁の四分の一にも達していないのを発見すると、里人たちは再び落胆疑惑の声をもらした。 「人を増しても、とても成就はせぬことじゃ。あたら、リョウカイどのに誑かされて要らぬ物入りをした」と、彼らははかどらぬ工事に、いつの間にか倦ききっておった。イチクロウは、また独り取り残されねばならなかった。彼は、自分のそばに槌を振る者が、一人減り二人減り、ついには一人もいなくなったのに気がついた。が、彼は決して去る者を追わなかった。黙々として、自分一人その槌を振るい続けたのみである。  里人の注意は、まったくイチクロウの身辺から離れてしまった。ことに洞窟が、深く穿たれれば穿たれるほど、その奥深く槌を振うイチクロウの姿は、コウジンの目から遠ざかっていった。人々は、闇のうちに閉された洞窟の中を透かし見ながら、 「リョウカイさんは、まだやっているのかなあ」と、疑った。が、そうした注意も、しまいにはだんだん薄れてしまって、イチクロウの存在は、里人の念頭からしばしば消失せんとした。が、イチクロウの存在が、里人に対してボツ交渉であるがごとく、里人の存在もまたイチクロウにボツ交渉であった。彼にはただ、眼前の大岩壁のみが存在するばかりであった。  しかし、イチクロウは、洞窟の中に端座してからもはや十年にも余る間、暗澹たる冷たい石の上に座り続けていたために、顔は色青ざめ/双の目が窪んで、肉は落ち/骨あらわれ、この世に生ける人とも見えなかった。が、イチクロウの心には不退転の勇猛心がしきりに燃え盛って、ただ一念に穿ち進むほかは、何物もなかった。イチブでも一寸でも、岸壁の削り取られるごとに、彼は歓喜の声を揚げた。  イチクロウは、ただ一人取り残されたままに、また三年を経た。すると、里人たちの注意は、再びイチクロウの上に帰りかけていた。彼らが、ほんの好奇心から、洞窟の深さを測ってみると、全長六十五間、川に面する岩壁には、採光の窓が一つ穿たれ、もはや、この大岩壁の三分の一は、主としてイチクロウの痩せ腕によって、貫かれていることが分かった。  彼らは、再び驚異の目を見開いた。彼らは、過去の無知を恥じた。イチクロウに対する尊崇の心は、再び彼らの心に復活した。やがて、寄進された十人に近い石工の槌の’音が、再びイチクロウのそれに和した。  また一年経った。一年の月日が経つうちに、里人たちは、いつかしら目先の遠い出費を、悔い始めていた。  寄進の人夫は、いつの間にか、一人減り二人減って、おしまいには、イチクロウの槌の’音のみが、洞窟の闇を、打ち震わしていた。が、そばに人がいても、いなくても、イチクロウの槌の力は変らなかった。彼は、ただ機械のごとく、渾身の力を入れて槌を挙げ、渾身の力をもってこれを振り降ろした。彼は、自分の一身をさえ忘れていた。アルジを殺したことも、剽賊を働いたことも、人を殺したことも、すべては彼の記憶のほかに薄れてしまっていた。  一年経ち、二年経った。一念の動くところ、彼の瘠せた腕は、鉄のごとく屈しなかった。ちょうど、十八年目の終りであった。彼は、いつの間にか、岩壁の二分の一を穿っていた。  里人は、この恐ろしき奇跡を見ると、もはやイチクロウの仕事を、少しも疑わなかった。彼らは、前二回の懈怠を心から恥じ、シチゴウの人々合力の誠を尽くし、こぞってイチクロウを援け始めた。その年、中津藩の郡奉行が巡視して、イチクロウに対して、奇特の言葉を下した。近郷近在から、三十人に近い石工があつめられた。工事は、枯葉を焼く火のように進んだ。  人々は、衰残の姿いたいたしいイチクロウに、 「もはや、そなたは石工どもの束ねをなさりませ。自ら槌を振うには及びませぬ」と、勧めたが、イチクロウは頑として応じなかった。彼は、たおるれば槌を握ったままと、思っているらしかった。彼は、三十の石工がそばに働くのも知らぬように、寝食を忘れ、懸命の力を尽くすこと、少しも前と変らなかった。  が、人々がイチクロウに休息を勧めたのも、無理ではなかった。二十年にも近い間、日の光も射さぬ岩壁の奥深く、座り続けたためであろう。彼の両足は長い端座に傷み、いつの間にか屈伸の自在を欠いていた。彼は、わずかの歩行にも杖に縋らねばならなかった。  その上、長い間、闇に座して、日光を見なかったためでもあろう。また不断に、彼の身辺に飛び散る砕けた石の欠片が、その目を傷つけたためでもあろう。彼の両目は、朦朧として光を失い、ものの文色もわきまえかねるようになっていた。  さすがに、不退転のイチクロウも、身に迫る老衰を痛む心はあった。身命に対する執着はなかったけれど、中道にして倒れることを、何よりも無念と思ったからであった。 「もう二年の辛抱じゃ」と、彼は心のうちに叫んで、身の老衰を忘れようと、懸命に槌を振うのであった。  冒しがたき大自然の威厳を示して、イチクロウの前に立ち塞がっていた岩壁は、いつの間にか衰残の乞食僧一人の腕に貫かれて、その中腹を穿つ洞窟は、命ある者のごとく、一路その核心を貫かんとしているのであった。 ◇。◇。◇。◇。◇。 【第四章】 ──── ◇。◇。◇。◇。◇。  イチクロウの健康は、過度の疲労によって、痛ましく傷つけられていたが、彼にとって、それよりももっと恐ろしい-かたきが、彼の生命を狙っているのであった。 ◇。◇。◇。◇。◇。  イチクロウのために非業の横死を遂げた中川三郎兵衛は、家臣のために殺害されたため、家事不取締とあって、家は取り潰され、その時3歳であった一子’実之助は、縁者のために養い育てられることになった。  実之助は、十三になった時、初めて自分の父が非業の死を遂げたことを聞いた。ことに、相手が対等の士人でなくして、自分の家に養われたヌボクであることを知ると、少年の心は、無念のいきどおりに燃えた。彼は即座に復讐のイチギを、肝深く銘じた。彼は、馳せて柳生の道場に入った。十九の年に、免許皆伝を許されると、彼はただちに報復の旅に上ったのである。もし、首尾よく本懐を達して帰れば、一家再興の肝煎りもしようという、親類一同の激励の言葉に送られながら。  実之助は、馴れぬ旅路に、多くの艱難を苦しみながら、諸国を遍歴して、ひたすらカタキイチクロウの所在を求めた。イチクロウをただ一度さえ見たこともない-さね之助にとっては、それは雲をつかむがごときおぼつかなき捜索であった。五畿内、東海、トウサン、山陰、山陽、北陸、南海と、彼は-さすらいの旅路に年を送り年を迎え、二十七の年まで空虚な遍歴の旅を続けた。-かたきに対する怨みも憤りも、旅路の艱難にショウマせんとすることたびたびであった。が、非業に殪れた父の無念を思い、中川家再興の重任を考えると、奮然と志しを奮い起すのであった。  江戸を立ってからちょうど九年目の春を、彼は福岡の城下’に迎えた。本土を空しく尋ね歩いたあとに、辺陲の九州をも探ってみる気になったのである。  福岡の城下から中津の城下’に移った彼は、二月に入ったイチニチ、宇佐八幡宮に賽して、本懐の一日も早く達せられんことを祈念した。実之助は、参拝を終えてから境内の茶店に憩うた。その時に、ふと彼はそばの百姓テイの男が、居合せた参詣客に、 「そのご出家は、元は江戸から来たお人じゃげな。若い時に人を殺したのを懺悔して、ショジン済度のタイガンを起したそうじゃが、今いうたヒダのコカンは、このご出家一人の力でできたものじゃ」と語るのを耳にした。  この話を聞いた-さね之助は、九年この-かたいまだ感じなかったような興味を覚えた。彼はやや急き込みながら、「率爾ながら、少々ものを尋ねるが、その出家と申すは、年の頃はどれぐらいじゃ」と、きいた。その男は、自分の談話が武士の注意をひいたことを、光栄であると思ったらしく、 「さようでございますな。私はそのご出家を拝んだことはございませぬが、人の噂では、もう六十に近いと申します」 「丈は高いか、低いか」と、さね之助はたたみかけてきいた。 「それもしかとは、分かりませぬ。何様、洞窟の奥’深くいられるゆえ、しかとは分かりませぬ」 「その者のゾクミョウは、なんと申したか存ぜぬか」 「それも、とんと分かりませんが、お生れは越後の柏崎で、若い時に江戸へ出られたそうでござります」と、百姓は答えた。  ここまできいた-さね之助は、躍り上がって欣んだ。彼が、江戸を立つ時に、親類の一人は、カタキは越後柏崎の生れゆえ、故郷へ立ち回るかも計りがたい、越後は一入’心を入れて探索せよという、注意を受けていたのであった。  実之助は、これぞ正しく宇佐八幡宮の神託なりと勇み立った。彼はその老僧の名と、ヤマクニダニに向う道をきくと、もはや八つ刻を過ぎていたにもかかわらず、必死の力を双脚に籠めて、-かたきの在り処へと急いだ。その日の初更近く、ヒダ村に着いた-さね之助は、ただちに洞窟へ立ち向おうと思ったが、焦ってはならぬと思い返して、その夜はヒダ駅の宿に焦慮の一夜を明かすと、翌日は早く起き出でて、軽装してヒダのコカンへと向った。  コカンの入口に着いた時、彼はそこに、石の欠片を運び出している石工に尋ねた。 「この洞窟の中に、リョウカイといわるるご出家がおわすそうじゃが、それに相違ないか」 「おわさないでなんとしょう。リョウカイ様は、この祠の主も同様な方じゃ。はははハ」と、石工は心なげに笑った。  実之助は、本懐を達すること、はや眼前にありと、欣び勇んだ。が、彼はあわててはならぬと思った。 「して、出入り口はここ一か所か」と、きいた。-かたきに逃げられてはならぬと思ったからである。 「それは知れたことじゃ。向こうへ’口を開けるために、リョウカイ様は塗炭の苦しみをなさっているのじゃ」と、石工が答えた。  実之助は、多年の怨敵が、嚢中の鼠のごとく、目前に置かれてあるのを欣んだ。たとい、その-したに使わるる石工が幾人いようとも、切り殺すになんの造作もあるべきと、勇み立った。 「ソチに少し頼みがある。リョウカイどのに御意得たいため、遥々と尋ねて参った者じゃと、伝えてくれ」と、いった。石工が、洞窟の中へはいった後で、さね之助は一刀の目くぎを湿した。彼は、心のうちで、生来初めてめぐりあう-かたきの容貌を想像した。洞門の開鑿を統領しているといえば、五十は過ぎているとはいえ、筋骨たくましき男であろう。ことに若年の頃には、兵ほうに疎からざりしというのであるから、ゆめ油断はならぬと思っていた。  が、しばらくして-さね之助の面前へと、洞門から出てきた一人の乞食僧があった。それは、出てくるというよりも、蝦蟇のごとく這い出てきたというほうが、適当であった。それは、人間というよりも、むしろ、人間の残骸というべきであった。肉ことごとく落ちて骨あらわれ、脚の関節以下はところどころただれて、長く正視するに堪えなかった。破れた法衣によって、僧形とは知れるものの、頭髪は長く伸びて’皺だらけの額をおおっていた。老僧は、灰色をなした目をしばたたきながら、さね之助を見上げて、 「老眼衰えはてまして、いずれのかたともわきまえかねまする」と、いった。  実之助の、極度にまで、張り詰めてきた心は、この老僧をヒトメ見た刹那/タジタジとなってしまっていた。彼は、心の底から憎悪を感じうるような悪僧を欲していた。しかるに彼の前には、人間とも死骸ともつかぬ、半死の老僧が踞っているのである。実之助は、失望し始めた自分の心を励まして、 「そのもとが、リョウカイといわるるか」と、意気込んできいた。 「いかにも、さようでござります。してそのもとは」と、老僧は訝しげに-さね之助を見上げた。 「リョウカイとやら、いかに僧形に身をやつすとも、よも忘れはいたすまい。汝、イチクロウと呼ばれし若年の砌、主人中川三郎兵衛を打って立ち退いた覚えがあろう。其れがしは、三郎兵衛の一子’実之助と申すものじゃ。もはや、逃れぬところと覚悟せよ」  と、さね之助の言葉は、あくまで落着いていたが、そこに一歩も、許すまじき厳正さがあった。  が、イチクロウは-さね之助の言葉をきいて、少しもおどろかなかった。 「いかさま、中川様の御子息、さね之助様か。いやお父上を打って立ち退いた者、このリョウカイに相違ござりませぬ」と、彼は自分を-かたきと狙う者に会ったというよりも、旧主の忘れごに会った親しさをもって答えたが、さね之助は、イチクロウの声音に欺かれてはならぬと思った。 「アルジを打って立ち退いたヒドウの汝を討つために、十年に近い年月を艱難のうちに過したわ。ここで会うからは、もはや逃れぬところと尋常に勝負せよ」と、いった。  イチクロウは、少しも悪怯れなかった。もはや期年のうちに成就すべきタイガンを見果てずして死ぬことが、やや悲しまれたが、それもおのれが悪業の報いであると思うと、彼は死すべき心を定めた。 「実之助様、いざお切りなされい。おきき及びもなされたろうが、これはリョウカイめが、罪滅ぼしに掘り穿とうと存じた洞門でござるが、十九年の歳月を費やして、キュウブまでは竣工いたした。リョウカイ、身をハつとも、もはや年を重ねずして成り申そう。御身の手にかかり、この洞門の入口に血を流して人柱となり申さば、はや思い残すこともござりませぬ」と、いいながら、彼は見えぬ目をしばたたいたのである。  実之助は、この半死の老僧に接していると、親のカタキに対して-いだいていた憎しみが、いつの間にか、消え失せているのを覚えた。-かたきは、父を殺した罪の懺悔に、身心をコに砕いて、半生を苦しみ抜いている。しかも、自分が一度名乗りかけると、唯々として命を捨てようとしているのである。かかる半死の老僧の命を取ることが、なんの復讐であるかと、さね之助は考えたのである。が、しかしこの-かたきを討たざる限りは、多年の放浪を切り上げて、江戸へ帰るべきよすがはなかった。まして家名の再興などは、思いも及ばぬことであったのである。実之助は、憎悪よりも、むしろ打算の心からこの老僧の命を縮めようかと思った。が、激しいモユルがごとき憎悪を感ぜずして、打算から人間を殺すことは、さね之助にとって忍びがたいことであった。彼は、消えかかろうとする憎悪の心を励ましながら、討ちがいなき-かたきを討とうとしたのである。  その時であった。洞窟の中から走り出て来たゴロクにんの石工は、イチクロウの危急を見ると、挺身して彼をかばいながら「リョウカイ様をなんとするのじゃ」と、さね之助を咎めた。彼らの面には、仕儀によってはユルスマじき色がありありと見えた。 「子細あって、その老僧を-かたきと狙い、ハシなくも今日めぐりおうて、本懐を達するものじゃ。妨げいたすと、ヨジンなりとも容赦はいたさぬぞ」と、さね之助は凜然といった。  が、そのうちに、石工の数は増え、行路の人々が幾人となく立ち止まって、彼らは-さね之助を取り巻きながら、イチクロウの身体に指の一本も触れさせまいと、銘々にいきまき始めた。 「-かたきを討つ討たぬなどは、それはまだ世にあるうちのことじゃ。見らるる通り、リョウカイどのは、センイ薙髪の身である上に、このヤマクニダニ七郷の者にとっては、ジジボサツの再来とも仰がれる方じゃ」と、そのうちのある者は、さね之助の敵討ちを、叶わぬ非望であるかのようにいい張った。  が、こう周囲の者から妨げられると、さね之助の-かたきに対する-いかりはいつの間にか蘇っていた。彼は武士の意地として、手をこまねいて立ち去るべきではなかった。 「たとい沙門の身なりとも、主殺しの大罪は免れぬぞ。親のカタキを討つ者を妨げいたす者は、一人も容赦はない」と、さね之助は一刀の鞘を払った。実之助を囲う群衆も、ミナことごとく身構えた。すると、その時、イチクロウはしわがれた声を張り上げた。 「皆の衆、お控えなされい。リョウカイ、討たるべき覚え充分ござる。この洞門を穿つことも、ただその罪滅ぼしのためじゃ。今かかる孝子のお手にかかり、半死の身を終ること、リョウカイが一期の願いじゃ。皆の衆、妨げ無用じゃ」  こういいながらイチクロウは、身を挺して、さね之助のそばにいざり寄ろうとした。かねがね、イチクロウの強剛なる意志を知りぬいている周囲の人々は、彼の決心を翻すべき由もないのを知った。イチクロウの命、ここに終るかと思われた。その時、石工の統領が、さね之助の前に進み出でながら、 「お武家様も、おきき及びでもござろうが、このコカンはリョウカイ様、一生のダイ誓願にて、二十年に近きご辛苦に身心を砕かれたのじゃ。いかに、ご自身の悪業とはいえ、大願成就を目前に置きながら、お果てなさるること、いかばかり無念であろう。我らのこぞってのお願いは、長くとは申さぬ、このコカンの通じ申す間、リョウカイ様のお命を、我らに預けては下さらぬか。コカンさえ通じたセツは、即座にリョウカイ様を存分になさりませ」と、彼は誠を表して哀願した。群衆は口々に、 「ことわりじゃ、ことわりじゃ」と、賛成した。  実之助も、そういわれてみると、その哀願をきかぬわけにはいかなかった。今ここで-かたきを討とうとして、群衆の妨害を受けて不覚を取るよりも、サクツウの竣工を待ったならば、今でさえ自ら進んで討たれようというイチクロウが、義理に感じて首を授けるのは、必定であると思った。またそうした打算から離れても、-かたきとはいいながらこの老僧のダイ誓願を遂げさしてやるのも、決して不快なことではなかった。実之助は、イチクロウと群衆とを等分に見ながら、 「リョウカイの僧形にめでてその願い許して取らそう。-つがえた言葉は忘れまいぞ」と、いった。 「念もないことでござる。イチブの穴でも、一寸の穴でも、このコカンが向う側へ通じたセツは、その場を去らずリョウカイ様を討たさせ申そう。それまではゆるゆると、この辺りに御滞在なされませ」と、石工の棟梁は、穏やかな口調でいった。  イチクロウは、この紛擾が無事に解決が付くと、それによって徒費した時間がいかにも惜しまれるように、にじりながら洞窟の中へ入っていった。  実之助は、大切の場合に思わぬ邪魔が入って、目的が達し得なかったことをいきどおった。彼はいかんともしがたい鬱憤を抑えながら、石工の一人に案内せられて、木小屋のうちへ入った。自分一人になって考えると、-かたきを目前に置きながら、討ち得なかった自分の腑甲斐なさを、無念と思わずにはいられなかった。彼’の心はいつの間にか苛だたしい憤りでいっぱいになっていた。彼は、もうコカンの竣成を待つといったような、-かたきに対する緩やかな心をまったく失ってしまった。彼は今宵にも洞窟の中へ忍び入って、イチクロウを討って立ち退こうという決心のホゾを固めた。が、さね之助がイチクロウの張り番をしているように、石工たちは-さね之助を見張っていた。  最初のニサンにちを、心にもなく無為に過したが、ちょうど五日目の晩であった。毎夜のことなので、石工たちも警戒の目を緩めたと見え、丑に近い頃にナンビトもいぎたない眠りに入っていた。実之助は、今宵こそと思い立った。彼は、がばと起き上がると、枕元の一刀を引き寄せて、静かに木小屋の-そとに出た。それは早春の夜’の月が冴えた晩であった。山国川の水は月光の-したに蒼く渦巻きながら流れていた。が、周囲の風物には目もくれず、さね之助は、足を忍ばせてひそかに洞門に近づいた。削り取った石塊が、ところどころに散らばって、ホを運ぶたびごとに足を痛めた。  洞窟の中は、入口から来る月光と、ところどころに刳り明けられた窓から射し入る月光とで、ところどころホノジロく光っているばかりであった。彼は右かたの岩壁をタグりタグり奥へ奥へと進んだ。  入口から、二町ばかり進んだ頃、ふと彼は洞窟の底から、クワックワッとマをいて響いてくる音を耳にした。彼は最初それがなんであるか分からなかった。が、一歩進むに従って、その音は拡大していって、おしまいには洞窟の中の夜の寂静のうちに、こだまするまでになった。それは、明らかに岩壁に向って鉄槌を下す音に相違なかった。実之助は、その悲壮な、凄みを帯びた音によって、自分の胸が激しく打たれるのを感じた。奥に近づくに従って、玉を砕くような鋭い音は、洞窟の周囲にこだまして、さね之助の聴覚を、猛然と襲ってくるのであった。彼は、この音をたよりに這いながら近づいていった。この槌の’音のヌシこそ、かたきリョウカイに相違あるまいと思った。ひそかに一刀の鯉’口を湿しながら、息を潜めて寄り添うた。その時、ふと彼は槌の’音のあいだあいだに囁くがごとく、うめくがごとく、リョウカイが経文を誦する声をきいたのである。  そのしわがれた悲壮な声が、水を浴びせるように-さね之助に徹してきた。深夜、人去り、草木眠っている中に、ただ暗中に端座して鉄槌を振るっているリョウカイの姿が、墨のごとき闇にあってなお、さね之助の心眼に、ありありとして映ってきた。それは、もはや人間の心ではなかった。喜怒哀楽の情の上にあって、ただ鉄槌を振るっている勇猛精進の菩薩心であった。実之助は、握りしめた太刀のつかが、いつの間にか緩んでいるのを覚えた。彼はふと、われに返った。すでにホトケゴコロを得て、衆生のために、砕身の苦を嘗めている高徳のヒジリに対し、深夜の闇に乗じて、ひ剝ぎのごとく、獣のごとく、瞋恚の剣を抜きそばめている自分を顧みると、彼は強い戦慄が身体を-つとうて流れるのを感じた。  洞窟を揺がせるその力強い槌の’音と、悲壮な念仏の声とは、さね之助の心を散々に打ち砕いてしまった。彼は、潔く竣成の日を待ち、その約束の果さるるのを待つよりほかはないと思った。  実之助は、深い感激を-いだきながら、洞外の月光を目指し、洞窟の-そとに這い出たのである。  そのことがあってから間もなく、コカンの工事に従う石工のうちに、武家姿の-さね之助の姿が見られた。彼はもう、老僧を闇討ちにして立ち退こうというような険しい心は、少しも持っていなかった。リョウカイが逃げも隠れもせぬことを知ると、彼は好意をもって、リョウカイがその一生のタイガンを成就する日を、待ってやろうと思っていた。  が、それにしても、茫然と待っているよりも、自分もこの大業に一臂の力を尽くすことによって、いくばくかでも復讐の期日が短縮せられるはずであることを悟ると、さね之助は自ら石工に伍して、槌を振るい始めたのである。  -かたきと-かたきとが、相並んで槌を下した。実之助は、本懐を達する日の一日でも早かれと、懸命に槌を振るった。リョウカイは-さね之助が出現してからは、一日も早くタイガンを成就して孝子の願いを叶えてやりたいと思ったのであろう。彼は、また更に精進の勇を振るって、狂人のように岩壁を打ち砕いていた。  そのうちに、月が去り月が来た。実之助の心は、リョウカイのダイ勇猛シンに動かされて、彼自らコカンの大業にシュウテキの怨みを忘れようとしがちであった。  石工どもが、昼の疲れを休めている真夜中にも、-かたきと-かたきとは相並んで、黙々として槌を振るっていた。  それは、リョウカイがヒダのコカンに第一の槌を下してから二十一年目、さね之助がリョウカイにめぐりあってから一年六か月を経た、延享三年九月十日の夜であった。この夜も、石工どもはことごとく小屋に退いて、リョウカイと-さね之助のみ、終日の疲労にめげず懸命に槌を振るっていた。その夜九つに近き頃、リョウカイが力を籠めて振り下した槌が、朽木を打つがごとくなんの手答えもなく力余って、槌を持った右の掌が岩に当ったので、彼は「あっ」と、思わず声を上げた。その時であった。リョウカイの朦朧たる老眼にも、紛れなくその槌に破られたる小さき穴から、月の光に照らされたる山国川の姿が、ありありと映ったのである。リョウカイは「おう」と、全身を震わせるような名状しがたき叫び声を上げたかと思うと、それにつづいて、キョウしたかと思われるような歓喜の泣笑が、洞窟をものすごく-うごめかしたのである。 「実之助どの。御覧なされい。二十一年のダイ誓願、ハシなくも今宵成就いたした」  こういいながら、リョウカイは-さね之助の手を取って、小さい穴から山国川の流れを見せた。その穴の真下に黒ずんだ土の見えるのは、岸に添う街道に紛れもなかった。-かたきと-かたきとは、そこに手を執りおうて、大歓喜の涙にむせんだのである。が、しばらくするとリョウカイは身を-すさって、 「いざ、さね之助どの、約束の日じゃ。お切りなされい。かかる法悦の真ん中に往生いたすなれば、極楽浄土に生まるること、必定疑いなしじゃ。いざお切りなされい。明日ともなれば、石工どもが、妨げいたそう、いざお切りなされい」と、彼のしわがれた声が洞窟の夜の空気に響いた。が、さね之助は、リョウカイの前に手をこまねいて座ったまま、涙にむせんでいるばかりであった。心の底から湧きいずる歓喜に泣く萎びた老僧を見ていると、彼を-かたきとして殺すことなどは、思い及ばぬことであった。-かたきを討つなどという心よりも、このかよわい人間の双のカイナによって成し遂げられた偉業に対する驚異と感激の心とで、胸がいっぱいであった。彼はいざり寄りながら、再び老僧の手をとった。二人はそこにすべてを忘れて、感激の涙にむせびおうたのであった。 ◇。◇。◇。◇。◇。 【底本:「菊池寛◇ 短編と戯曲」文芸春秋】 【  1988(昭和63)年3月25日第イッサツ発行】 【入力:マサキ芳秋】 【校正:伊藤祥】 【1999年2月1日公開】 【2005年10月13日修正】 【青空文庫作成ファイル:】 このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(httpコロン//www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。