◇。◇。◇。◇。◇。 【夢がたり】 【ガルシン】 【神西清訳《神西キヨシ訳》】 ◇。◇。◇。◇。◇。  六月《6月》のある素晴らしい日のこと──ただし素晴らしいと月並みなお断りをしたのは、列氏で二十八度という温度だったからですが──《─:》その素晴らしい六月《6月》のある午後のこと、どこもかしこもきびしい暑さでした。なかでもつい四五日《シゴニチ》まえに刈り入れの済んだ乾草《干し草》が、禾堆《イナムラ》をなして並んでいる庭の草場は、またひとしおの暑さでありました。というのはその場所が、茂りに茂った桜畑《桜バタケ》で、風上をさえぎられていたからなのです。生きとし生けるものは、たいてい寝入っておりました。人間どもはどっさり御飯をつめ込んで、昼寝の夢をむさぼっていましたし、小鳥も鳴りをひそめていますし、昆虫たちもたいていは|日ざ《日差》しを避けて、どこかへもぐり込んでいたほどでした。家畜のことは申すまでもありません。大きな家畜も小さな家畜も、みんな軒下にかくれておりました。犬はどうかと言いますと、穀倉《コクグラ》の下に穴を掘って、その中に寝そべって、半ば眼を閉じたまんま、一尺あまりもありそうな桃色の舌を吐きだして、しきりにハアハアいっておりました。ときどき犬《イヌ》は、このうだるような暑気のもよおす物憂さにたえかねてでありましょう、のどの奥からキューンと妙な音が出るほどの、大きな|あくび《欠伸》をするのでありました。豚はどうかといいますと、お母さんが総勢すぐって十三匹の子豚を引きつれて、小川の岸へおりて行って、ぶくぶくした黒い泥んこの中にうずくまってしまいましたので、泥の中から見えるものといったら、《:、》ブウブウグウグウ鳴っている小さな穴が二つずつあいている豚の鼻づらと、泥んこになった細長い背中と、それにたれ下がっているみっともないほど大きな耳だけでありました。ただ鶏《ニワトリ》だけは、暑さにもめげずに、台所の登り口の下のからからにかわいた地面を、しきりに|あし《足》でほじくりながら、どうにか時間つぶしをしていましたけれど、《:、》そこにはもう鶏たちも先刻ご承知のとおり、穀粒《穀’粒》ひとつだって残ってはいないのです。とは知りながらも、雄鶏はときどき何か癪にさわることがあると見えます。その証拠には、雄鶏はときどき間の抜けた様子をして、のどもさけよと叫び立てるのでした、──《─:》『結構ドコロジャアリャシナーイ!!』  おや、いつの間にか私たちは、あの一ばん暑さのきびしい草場を離れて遠くへ《へ’》来てしまいましたが、実はその草場には、昼寝もせずにいるお歴々が、車座になってすわっていたのでした。といってもみんながみんなすわっていたわけではありません。たとえば年寄りの栗毛などは、馭者のアントンのむちを横っ腹へ食らいはしまいかとたえずびくびくしながら、乾草《干し草》の山をかき分けているのですが、これは馬のことですから、もともとすわるなんて芸当はできないのです。またゆくゆくは何かの蝶になる毛虫も、やはりすわっているのではなく、まあ腹んばいになっている方《ほう》でした。でも言葉の穿鑿《詮索》なんぞはどうでもよろしい。とにかく桜の木陰に、小人数《ショウ人数》ではありますが、たいへん|まじめ《真面目》な会合が開かれていたのでありました。|かたつむり《カタツムリ》もいれば、|くそ《糞》虫もいます。|とかげ《トカゲ》もいれば、いま言った毛虫もいます。|こおろぎ《コオロギ》も駆けつけて来ました。かたわらには年寄りの栗毛までがたたずんで、ねずみ色の耳毛が中から勢いよくは《生》えている大きな片耳を、一座の方《ホウ》へそばだてながら、連中の演説をじっと聞いておりました。その背中には、|はえ《蝿》が二匹とまっておりました。  さて一座の面々は、言葉こそ鄭重ではありましたが、それでもかなり活気のある議論を戦わしておりました。かつまた、こうした場合のご多聞《多分》に漏れず、だれ一人として相手の意見に賛成するものはありませんでした。てんでに自分たち独特の考え方や気質によって、勝手な熱をあげていたからであります。 「私に言わせると」と、|くそ《糞》虫が申しました、《:》「いやしくも道をわきまえた動物は、まず何よりも子孫のことに思いをいたすべきです。生活は来たるべき世代のための労働なのである。こうした自覚をいだいて、大自然がおのれに課し与えた義務を果たそうとする者こそ、確乎たる地盤のうえに立つ者と言うべきであります。けだし彼はおのれの分《ブン》を知るがゆえに、たとえ何事が起ころうと、彼は責任を問わる《-る》べきではないからであります。この私をご覧なさい、私ほどよく働く者がほかにありますか? そもそもだれが日がな一日《イチニチ》、息をつく暇もなしに、あのように重い団子を──《─:》すなわち、やがて生《-う》まるべき私同様の|くそ《糞》虫たちが、すくすくと生長しうるようにとの大目的をもって、|くそ《糞》を材料に私がかくも手ぎわよく作りあげた団子を、せっせところがしているでありましょうか? しかもその代《か》わり私は、やがてこの世に新しい|くそ《糞》虫が生まれ出るとき、『しかり、わが輩はなしうるところのものを、またなすべかりしところのものを、ことごとくなしとげたのだ』と私が言うであろうように、《:、》かくも平らかなる良心をもって、また一点の曇りなき衷情をもって、言い切れる者が他にあろうとも思わないのであります。諸君《/諸君》、労働とは実にかくのごときものであります!」 「おっと兄弟、そう労働労働と大きな口をめったにきいてはもらいますまいぜ!」と、ちょうど|くそ《糞》虫の演説のとき、丸太ほどもある枯れ草の茎の切れっぱしを、暑さにもめげず引きずっていた一匹の蟻が、そう申しました。蟻はちょっと立ち止まって、四本の後脚で地面にすわり、やつれた顔にしたたる汗を、二本《2本》の前脚でふきました。─《─:》─「僕だって、そら、この通《とお》り労働はするんだぜ。それもお前さんなんかより働きは激しいくらいだ! それにお前さんは自分のために働くんだろう、でないまでも結局はお前さんの子孫のためだろう。ところがみんながみんな、そんな果報者じゃないんだぜ。‥‥物はためしだ、まあお前さんもこの僕みたいに、お上の御用で丸太ん棒を引きずって見るがいいや。こんな暑さの中でまで、精も根《コン》もつき果てるほど働いていながら、さてどこのどいつが僕をこうまでこき使うのやら、僕は自分でも知らないのさ。いくら働いてやったところで、ありがとう一つ言っちゃもらえないんだ。僕たち不|仕合わ《幸》せな働き蟻というものは、みんなこうして働いてるんだが、僕たちの暮らしがそれで少しでもよくなるかい? みんな背負《背お》って生まれた運命なのさ!‥‥」 「くそ虫さん、あんたみたいに人生をみちゃ、あんまり無味乾燥というものですよ。だが蟻さんも、人生をあまり暗く考え過ぎますねえ」と、|こおろぎ《コオロギ》が二人に反対しました、《:》「そんなもんじゃありませんよ、|くそ《糞》虫さん、僕はこうしてコロコロ啼いたり、は《跳》ね回ったりするのが大好きですが、それでいっこう平気ですよ! べつに気がとがめたりはしませんよ! それにまたあなたは、さっき|とかげ《トカゲ》の奥さんが提出なすった問題に、ちっとも触れなかったじゃありませんか。奥さんは、『世界とは何でしょう』とお尋ねだったのですよ。だのに自分のお団子の話をするなんて、それじゃむしろ失礼と言うもんじゃありませんか。世界とは──世界というものは、僕に言わせると、こうして僕らのために若草があり、太陽があり、そよそよ風がある以上、すこぶる結構なものだと思いますね。それにまた実に大きなものですよ! あんたなどは、こうしてこの木とあの木のあいだを天地として暮らしておられるから、世界がどれほど大きなものかということについては、とても理解が行くはずはありませんよ。僕はよく耕地へ行って見ますがね、そこでときどき、思いっきり高くとびあがって見るんです。そして正直な話が、とても高いとこまでとびあがれるんですがね、その高みから見渡すと、つくづく世界には際限がないと思いますねえ。」 「まったくその通りじゃ」と、分別顔《フンベツガオ》で栗毛の馬が相槌をうちました、《:》「とはいうもののお前さんたちはみんな、わしがこの歳までに見て来たものの、百に一つも見られは《は-》せんのじゃよ。お気の毒じゃがお前さんたちには、一露里《イチ露里》がどんなものじゃやら見当がつくまい。‥‥ここから一露里行《イチ露里行》ったところには、ルパーレフカという村がある。わしは毎日その村へ水をくみに、|たる《樽》を背負《背お》って出かけるのだ。だがあの村じゃ一《いっ》ぺんだって飼料《カイバ》をくれたことがないな。それからまた別の方角には、エフィーモフカだのキ《/キ》スリャーコフカだのという村がある。このあとの方《ほう》には教会というものがあってな、鐘がころんころんと鳴っておる。その先はスヴャト・トローイツコエ村、またその先はボゴヤーヴレンスクじゃ。ボゴヤーヴレンスクでは、行くたんびに乾草《干し草》をくれるが、あすこの乾草《干し草》は風味がよくない。だがほれ、ニコラーエフへ行くと──これはここから二十八露里もある町じゃがな、あすこの乾草《干し草》はなかなかええし、それに燕麦の御馳走《ご馳走》も出るのじゃ。ただどうもあそこへ行くのがいやでならんというのは、あの町へ行くときは旦那を馬車に乗っけて行くのでな、馭者というものが旦那の言いつけでわしらを駆り立てるのじゃ。いやその馭者の振りおろすむちの痛いのなんのって‥‥。まだそのほかに、アレクサンドロフカ、ベロジョールカなどいう村もあるし、ヘルソーンというのもある──これも町じゃ。‥‥じゃがせっかくこうして話して聞かせても、お前がたにはさっぱり|わけ《訳》がわ《分》かるまいて!‥‥世界というものはまずこうした物じゃ。それで全部とは行かぬにしても、まあま、とにかく大部分じゃよ。」  そう言って栗毛は口をつぐみましたが、|下くちびる《下’唇》だけはまだもぐもぐと動いていて、まるで何かつぶやいているようでありました。それは寄る年波《年波’》のせいだったのです。何しろもう十七歳でしたし、馬の十七といえば人間の七十七も同じことですから。 「せっかくの馬さんのお話ですが、私にはなんのことやらちんぷんかんぷんですわ。それにまた正直のところ、別にわかりたいとも思いませんの」と|かたつむり《カタツムリ》が申しました、《:》「私は|ごぼう《ゴボウ》さえあれば結構なんですが、ありがたいことに|ごぼう《ゴボウ》は充分ありますのよ。だってこれでもう四日もは《這》っていますけど、まだ頂ける葉が尽きはいたしませんものね。この|ごぼう《ゴボウ》の向こうにはまた|ごぼう《ゴボウ》がは《生》えていますわ。その|ごぼう《ゴボウ》のうえには、きっとまた|かたつむり《カタツムリ》がとまっているんでしょうよ。私の申しあげたいのはこれだけですわ。上へだって下へだって、は《跳》ねることなんかいっさい無用ですわ──《─:》そんな事はみんな、くだらない、いいかげんなな《う》そっぱちですわ。お行儀よく葉のうえにすわって、その葉を食べていればいいんですわ。ああ、は《這》うのさえ面倒でなかったら、とっくにあなたがたのところは御免をこうむっているのにねえ。そんなお話を伺っていると頭痛がして来ますわ。頭痛がして来るだけですわ。」 「いや、お話中ですが、それはまたなぜですね?」と、|こおろぎ《コオロギ》がさえぎりました、《:》「しゃべるということはことにそれが永遠だとかなんだとか、まあそういったたぐいの立派な題目に関する場合、じつに愉快なことじゃありませんか。そりゃもちろん、世帯《所帯》じみた生まれつきというものもあります。その連中はただもう、いかにしてお腹をくちくするかということばかり、くよくよしているんです。たとえばあなただとか、またそこにおられるあでやかな毛虫さんみたいにね。‥‥」 「あら、いけませんわ、私をおかまいになっちゃいけませんわ。お願いですからそっとして置いてちょうだい、かまわないでちょうだい!」と、毛虫は哀れっぽい声で叫びました、《:》「私がこうして葉っぱをいただくのは、未来の生活のためなんですもの。ただただ未来の生活のためなんですもの。」 「未来の生活のためとかお言いだが、この先まだどんな生活があるのかね?」と、栗毛の馬がたずねました。 「まあおじさん、あんたは知らないの、私が一《いっ》ぺん死んで、だんだらのきれいな羽をした蝶々になって生まれ変わることをさ?」  栗毛も|とかげ《トカゲ》もまた|かたつむり《カタツムリ》も、そうとは知らずにいたのですが、昆虫たちはどうにか知ってだけは《は-》おりました。そこで一座の話はしばらくとだえました。だれ一人として、未来の生活について条理《筋道》の立った文句の言える者がなかったからでありました。 「確乎たる信念には、よろしく敬意を払うべきですな」──《─:》やがて|こおろぎ《コオロギ》が、コロコロ申しました、《:》「まだ何かおっしゃりたい方はありませんか? あなた一ついかがです?」と、|こおろぎ《コオロギ》が二匹の|はえ《蝿》に向かって申しましたので、年上の方《ほう》がこう答えました。 「私どもは、べつに不|仕合わ《幸》せな暮らしをして参ったとも申せませんわ。私どもは今しがた、お邸《屋敷》の部屋から出て参りましたの。ちょうど奥様がジャムをたくさん煮て、浅い鉢に分けていらしたので、私どもは|ふた《フタ》の下へもぐり込んで、どっさり|ちょうだい《頂戴》しましたわ。私どもは何の不足《’不足》もございません。お母さんはジャムに脚をとられてしまいましたけど、今さらどうしようもありませんわ。それにお母さんはもうずいぶんと長生きをしたんですものね。とにかく私どもは何の不足《’不足》もございませんわ。」 「皆さん」と|とかげ《トカゲ》が申しました、《:》「あたくしは、皆さんのおっしゃることは一々ごも《-も》っともだと存じます! しかしまた、一面から申しますと‥‥。」  けれど|とかげ《トカゲ》は、一面から言うとどうなるのか、その先はとうとう言わずじまいになりました。なぜといって、そのとき不意に何ものかが、彼女の尻尾をぎゅっと地面へ押しつけたのを、感じたからでありました。  それは昼寝の夢からさめた馭者のアントンが、栗毛を迎えにやって来たのでありました。アントンが大きな長靴で、その会合の席へ踏み込んで、一座の者を押しつぶしてしまったのでありました。無事だったのは二匹の|はえ《蝿》だけで、これはジャムだらけになって死んでしまった母親の|からだ《体》をしゃぶりに、さっさと飛んで行きましたし、|一ぽう《一方》|とかげ《トカゲ》は命からがら、尾をちょん切られたままで逃げ出しました。アントンは栗毛のたてがみをつかまえて、庭から引き出して行きました。それは|たる《樽》をつけて水をくみに行くためでした。道々《みちみち》アントンは、『ドオドてばよお、ええ、このよぼよぼの|やせ馬《ヤセンマ》め!』と口小言をいうのでしたが、栗毛はその返事にただもぐもぐと口を動かすだけでした。  さてあの|とかげ《トカゲ》は、尾なしの|とかげ《トカゲ》になりました。もっとも二三週間《ニサン週間》すると、尻尾がまたは《生》えはしましたが、は《生》えた尾はいつまでたっても変に先っぽのとんがっていない、黒っぽい尻尾でありました。で|とかげ《トカゲ》は、いったいどうして尻尾にけがをしたのかと尋ねられますと、小さくなってこう答えるのでありました。 「あたくしは自分の信念を述べようと決心したばかりに、こうしてちょん切られてしまいましたの。」  まったく|とかげ《トカゲ》のいう通《とお》りでした。 ◇。◇。◇。◇。◇。 【底本:「あかい花◇ 他四篇《ほか四編》」岩波版ほるぷ図書館文庫、岩波書店】 【   1975(昭和50)年9月1日第|1刷発行《イッサツ発行》】 【   1976(昭和51)年4月1日第2刷発行《サツ発行》】 【入力:蒋龍】 【校正:染川隆俊】 【2009年1月30日作成】 【青空文庫作成ファイル:】 このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http:《コロン”》//www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。